事例2 会議のコミュニケーション


 職場でのコミュニケーションと聞いて,多くの方が思い浮かべるのは会議のシーンではないでしょうか。みなさんが日頃から感じていらっしゃるように,会議の生産性は参加者のコミュニケーションの良し悪しに大きく影響されます。事例2では,会議におけるコミュニケーションについて見ていきましょう。

◆ 通信機器メーカーE社の課題

 E社は通信機器を開発・製造し販売しているメーカーです。10年前に開発した製品Xがロングセラーとなり,そのおかげでしばらくの間,売上が安定していましたが,昨年あたりから製品Xの売上が低下しはじめています。製品開発部の部門長を務めるT部長はこの事態に危機感を感じており,製品Xの代わりとなる主力製品の新規開発が必要だと考えています。
 しかし,製品開発部ではここ数年,製品Xの部分的な改良や障害対応が主な業務となっており,各部員はおのおのの業務に追われています。部員間のコミュニケーションはあまり活発ではなく,新製品開発の必要性について部員同士で話し合っている様子はありません。また,T部長自身は長年管理部門で活躍して昇格し,昨年,この製品開発部門の部門長に抜擢されたばかりなため,新製品開発の経験があるわけではありません。
 そこで,T部長は「新製品のアイデアを出し合う会議」を開催することにしました。

◆ 新製品のアイデアを出し合う会議の様子

 T部長の部下である製品開発部の主なメンバーから,課長2名,係長2名,若手のリーダークラス2名が会議の参加者として選抜されました。職場にある会議室には事務机と椅子がロの字型に並べられ,会議室奥の中央にT部長が座り,その両隣に課長2名,その次に係長2名,入り口に近いところに若手2名が座りました。
 この会議室にはホワイトボードが設置されていますが,あまり使われていません。会議の記録は若手リーダーの1人がノートパソコンで簡単な議事メモをつくって,あとで参加者にメールで送っています。

 会議の冒頭,T部長から「製品Xの代わりとなる次期主力製品のアイデアを出し合う」ことがこの会議の主旨であり,「自由闊達に活発な意見がどんどん出ることを期待している」との説明があり,その後すぐに本論に入りました。
 まずT部長は「では,右手の○○課長から順番に自分の意見を言いなさい」と指示しました。○○課長が意見を言うと,それに対してT部長が「以前,同じような製品をつくろうとしたがうまくいかなかった」というコメントや,「それはいくらで売れるのかね?」「それは誰がつくるのかね?」といくつかの質問をしました。
 ○○課長への質問がひとしきり終わったあと,次にT部長は○○課長の隣に座っていた△△課長を指名して意見を求め,それに対してもT部長からいくつかのコメントや質問がありました。その後も同様に,T部長は各参加者に順番に意見を求め,それに対してコメントや質問をしていきました。
 会議がすすむにつれて,T部長に指名されて話す参加者の意見がだんだん短くなっていき,また,前に出た意見と同じような意見が出ることが多くなってきました。各自の意見に対してT部長以外の参加者から質問やコメントが出ることはほとんどありません。どうやら当初T部長が期待したような「自由闊達に活発な意見がどんどん出る会議」にはなら

なかったようです。
 当初会議時間は1時間を予定していましたが,参加者全員がT部長に指名されて意見を言い終わったため,1時間経つ前に会議はお開きとなりました。T部長は部下からあまり意見が出なかったことにがっかりしています。

 解 説 ―― 解決策のヒント


 E社製品開発部の新製品のアイデアを出し合う会議,いかがでしたか? この事例は筆者が実際に体験したことを元につくったエピソードです。「自分の職場でもこういう重苦しい会議あるよなあ」と思った方,多いのではないでしょうか。登場するT部長は,いたってまじめにE社の今後のことを考えてこの会議を開催したのですが,どうも部下とうまくコミュニケーションがとれていないようです。
 会議はコミュニケーションの一形態であるといえます。会議には目的があり,その目的を達成するためには,目的に応じたすすめ方(コミュニケーションのとり方)をすることが重要です。どうやらT部長のすすめ方にはこのあたりに問題があったようです。
 では,1つひとつ見ていきましょう。

【 設問1 】
● 会議の目的に応じて会議のすすめ方を変える
 会議は企業に必要不可欠な組織活動の1つですが,非効率な会議が長時間労働の原因になっている場合が少なくありません。みなさんも日々会議に追われ,「会議がもっと効率化されれば早く帰れるのに」と思ったことがあるのではないでしょうか? 働き方改革が叫ばれる昨今,会議力を向上させて生産性を高めることは企業にとって非常に重要なテーマの1つといえます。
 会議の生産性を高めるためには,その会議の「目的」が何であるかを明確にして,それを強く意識し,その目的に応じた会議のすすめ方(コミュニケーションのとり方)をすることが重要です。連絡する会議,報告する会議,決定する会議,議論する会議,交流する会議,等々,会議にはさまざまな目的があり,それによって,最適な会議のすすめ方(コミュニケーションのとり方)は違ってきます(図表5)。
 そうなのです。会議といえばみんな同じすすめ方をすればよいというわけではないのです。その会議の目的は何か,その目的を達成するために会議をどのようにすすめればよいのか(どのようにコミュニケーションをとればよいのか),まずはこれを強く意識しましょう。

図表5 会議の種類

目的

会議の例

連絡する会議

  週次の部内会議(関係者への情報伝達)

報告する会議

  上司とのミーティング(上司への情報伝達)

決定する会議

  新製品の価格を決める会議

議論する会議

  新製品のアイデアを出し合う会議

交流する会議

  職場の関係性を高めるための対話会


【 設問2 】
● 議論する会議では発散時間と収束時間を使い分ける
 この事例の会議の目的は「新製品のアイデアを出し合うこと」でしたが,T部長が期待したような「自由闊達に活発な意見がどんどん出る会議」にはならなかったようです。T部長の会議のすすめ方(コミュニケーションのとり方)にはどこに問題があったのでしょうか?
 「新製品のアイデアを出し合う」といった議論する会議では,発散時間と収束時間を意識して使い分けることが重要です。会議の前半ではまず,参加者に思いつきレベルでもよいのでアイデアをどんどん出してもらう,つまり発散することを目的に会議をすすめることを意識するべきでした。
 ところが,T部長は否定的なコメントや厳しい質問をすることで,部下の意見を即座に潰してしまっています。せっかく意見を言っても,このようなダメ出しをされてしまうのではたまったものではありません。あなたがこの会議に参加していたとしたら,どのような気持ちでそこに座っていたでしょうか? 部下は積極的に意見を言おうという気にはなれず,むしろ,何か意見を言ったほうが損をする,意見を言うにしても当たり障りのないことを言っておこう,と思ったのではないでしょうか。
 T部長は部下から出た意見に対するツッコミを控え,肯定的に受け止めて,部下が意見を出しやすい安心安全な場の雰囲気をつくることを意識するべきでした。議論する会議の前半の発散時間では,人の意見を批判しないというルールを設定することで自由な発言を促進し,質より量をモットーにしてアイデアをどんどん出すことを意識します。また,言いたいことをすべて出してもらって,参加者の納得感を高めることも重要です。
 参加者から意見が十分に出たら,後半は出た意見を収束させていくことを意識して会議

図表6 会議の展開

前半/後半

発散/収束

会議のすすめ方(コミュニケーションのとり方)

会議の前半

発散時間

 ・アイデアをどんどん出す(質より量)
 ・人の意見を批判しない(自由な発言)
 ・言いたいことは全部出してもらう(納得感)

会議の後半

収束時間

 ・アイデアを絞り込んでいく(論理的に)
 ・グルーピングしたり,優劣をつける

をすすめるようにします。これまで出た意見をグループ分けしたり,優劣をつけたりして,論理的にアイデアを絞り込んでいきます。この収束時間こそ,T部長のツッコミ力を大いに発揮すべきところです。
 以上のように,議論をする会議では前半の発散時間と後半の収束時間を意識して,会議のすすめ方(コミュニケーションのとり方)を切り替えることが重要です(図表6)。これを意識するかどうかで意見がどんどん出る活発な会議になるか,E社製品開発部の会議のような重苦しいお通夜のような会議になってしまうかが決まります。
 これについては,会議を推進するファシリテーターの力量によるところが大きいため,会議の重要性に応じて,社内ファシリテーターの育成や中小企業診断士などの外部ファシリテーターの活用を検討してみるのもよいかもしれません。

【 設問3 】
● 会議時間を短くすればよいというものではない
 会議にはさまざまな目的があり,その目的に応じて,なるべく会議時間を短くしたほうがよい会議もあれば,逆にもっと時間を長くとるべき会議もあります。
 会議の生産性を下図のように考えた場合,会議の生産性を高めるためには,分子である会議の目的達成度を大きくするか,分母である会議時間を小さくするかに留意するわけですが,会議時間を短くすることばかりにとらわれると,議論が不十分で目的が達成できない中途半端な会議になってしまう場合があるので注意が必要です。

会議の生産性

 会議の目的達成度 
――――――――――
    会議時間    

 具体的には,連絡や報告が目的の会議では情報伝達の正確性や効率性を重視して,なるべく会議時間を短くできないかを考えます。一方,議論や交流が目的の会議ではじっくり会議時間をとったほうがよい場合があります。今後,多様性や創造性が求められる議論する会議や,職場の関係の質を高める交流のための会議の重要性が増していくと考えられ,そのような会議の場合には十分に時間をとる,いわば「急がばまわれ」の考え方をする必要があります。
 E社製品開発部の会議の場合,あまり活発な会議とならなかったため1時間も経たずに終了してしまいましたが,前述したように発散時間と収束時間を使い分けて会議をすすめて,多くの意見が出るようになった場合には,1時間では十分な議論ができないかもしれません。そのような場合には,せっかく多くの参加者が集まって意見を出し合ったのですから,ある程度の結論が出るまで十分な会議時間をとるべきです。

【 設問4 】
● 参加者間の距離が遠くなりすぎないように工夫する
 E社製品開発部の会議室はロの字型に事務机と椅子が並べられていました。このような会議室のレイアウトは一般によく見られますが,参加者と参加者の距離が遠くなりがちです。お互いの距離が遠いとコミュニケーションがとりづらく,間に机があることで心理的距離が感じられますので,議論や交流が目的の会議には不向きであるといえます。場合にはよっては机を横にどけて,椅子を寄せ合って配置するのがよいでしょう。こういった小さな工夫1つで,活発な意見が出る会議になるかどうかが変わってきます。

 また,参加者の座る位置にも配慮が必要です。E社製品開発部の会議では,会議室奥からT部長 → 課長 → 係長 → 若手の順番に座っていました。このように上座・下座や役職を意識させる座り方にしてしまうと,自由な意見が出づらくなってしまいます。上座・下座がないように円を描くような座席配置にして,役職に関係なくランダムに座るなどの工夫をすることで,意見が出やすい場をつくることができます(図表7)。

【 設問5 】
● ホワイトボードを積極的に活用する
 会議中,ホワイトボードに会議の目的や参加者の発言内容などを板書することで,コミュニケーションが活発になり,会議の生産性は大きく向上します。E社の製品開発部では,ノートパソコンで議事メモを作成しているので,特にホワイトボードは必要ないと考えているようですが,それは違います。
 ホワイトボードに板書する目的は,会議の議事メモを残すことだけではありません。参加者の発言内容などを板書することで見える化し,参加者全員が理解を深めるのを助けるという重要な目的があります。この会議は「新製品のアイデアを出し合う」ための会議でした。ホワイトボードに板書された内容を目にすることで,それに刺激されて新たなアイデアが浮かぶというのはよくあることです。これによって,コミュニケーションが活発になっていきます。

 慣れていないと,ホワイトボードに板書するということが面倒に思えるかもしれませんが,会議中のコミュニケーションを活発にし,会議の生産性を高めるためには,積極的にホワイトボードを活用していくことが重要です。

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