10.事例研究:はじめてのチームリーダーのとまどい


 次の事例を読み,チームの活性化という観点から設問を考えてみてください。

 R社は,オフィス用機器の販売およびオフィス関連サービスの提供を行っている会社です。全国主要都市におかれている支社は,地元および周辺地域の中堅・中小企業や官公庁,学校,公共施設などを対象に積極的な営業活動を行っています。
 入社10年目のSさんは,中部地方にあるT支社で中堅の営業パーソンとして活躍していましたが,このたびの人事異動で東京本社への転勤となり,顧客サービス部門に所属するあるチームのリーダーを任されることになりました。本社の顧客サービス部門は,R社の製品を購入したりサービスの提供を受けたりした東京をはじめとした関東地区の顧客に対し,購入時の事務処理からアフターサービスまでR社の対顧客窓口としての役割を担っています。

 一方,各支社はそれぞれ顧客サポート部門を持っており,支社の顧客に対するサービスを行っています。Sさんは,はじめてチームリーダーとして顧客サービス部門のあるチームの運営を任される立場になりました。本社へ着任後1週間も経たないうちに,チームの雰囲気やメンバーの表情がT支社と比べるとかなり違っていることに驚くとともにとまどいも感じたのです。
 T支社は総勢50人程度でしたが,現地採用の社員がほとんどということもあり,学校の先輩・後輩のつながりや地域のつながりなども深く,これまでの生活様式など共通する部分も多く人間関係も濃密でした。また,営業,顧客サービスなどいくつかの部門によって構成されていますが,社員それぞれが自部門だけでなく他部門のこともよく知っており,支社長もすべての社員のことをよくわかっていました。いくつかに分かれているチームについてもその状況を常に把握し,その都度各リーダーと情報交換し,リーダーはメンバーにそれを伝えることで,メンバーは支社の中での自分の立ち位置がわかっていました。そして,「T支社を,(同規模の支社の中の)売上ナンバーワンにしよう!」という明確な目標のもと,成果をあげれば,直接支社長から褒められることで,自分の力あるいはチームの力が支社に貢献しているという実感を持つことができました。一営業パーソンだったSさんをはじめ支社のメンバーは,自分たちの仕事ぶりは支社全体に伝わることにやりがいを感じていました。したがって,チームの雰囲気は明るくざっくばらんで活気があふれていたのです。
 それと比べると,新しいチームは,メンバー間での交流も少なくお互いがなんとなくよそよそしかったり,全体的に覇気が感じられません。また会社全体がどう動いているのか,その中でチームの動きや自分たちの仕事が会社の中でどのような意味を持っているのかなどほとんど考えることなくただ与えられた仕事を半ば義務的にこなしているといった状態でした。また「顧客満足度の向上」という会社が掲げている経営目標を認識しているメンバーはほとんどいないようです。総勢1,000人を超える本社だけに,支社と比べるとチームとしての存在感はどうしても小さいものになってしまいますが,それでもどのチームも重要な役割を持っており,最大限の成果が求められます。
 Sさんは,はじめてのチームリーダーということもあり,なんとかいまのチームを前任地と同じような活気あふれるチームにしたいと考えていました。そのためにはまず,メンバーの意識を変える必要があると考え,毎朝始業前に「R社社員の心構え」と称して,著名な経営者の言葉を引用しながらまた自身の成功体験にもとづいた話をすることにしました。また,やる気を持たせるために,各メンバーに,自ら目標を与えて常にその達成状況を確認しながら,達成状況が芳しくないメンバーに対しては厳しく叱責したり,指導を行ったりしました。
 そのような状況が続いたのですが,Sさんのチームの雰囲気はますます重苦しいギスギスしたものとなり,メンバーの表情は暗くなっていました。もともと,それぞれが自分の仕事を黙々とこなすといった状況でしたので会話が少ない職場だったのですが,メンバー間では最低限仕事に必要な以外は1日中ほとんど言葉も交わさないような状況になっていました。

 前任地のようなメンバー1人ひとりがやる気を持った活気のあるチームづくりをめざしたSさんでしたが,思いがけない状況にどうしたらよいのか困ってしまいました。


 設問1 
 はじめてチームリーダーに任命されたSさんは,メンバー1人ひとりがやる気を持った活気あるチームづくりをめざそうといろいろ試みましたが,以前よりかえってチームの雰囲気は悪化してしまいました。なぜそうなったのか,その原因を考えてみてください。

 設問2 
 T支社で所属していたチームと同じようなチームをめざそうとしているSさんは,何からはじめるべきだったでしょうか。チームの活性化の観点からいろいろ考えてみてください。

 設問3 
 T支社には,同規模の支社の中でナンバーワンになるという明確な目標があり,メンバーもそれを共有することができましたが,Sさんが異動してきたチームには,具体的な目標はこれまで設定されていませんでした。チーム目標を設定するにあたって,どのようにすすめたらいいかまたその際,重要なことは何なのかをチームの活性化の観点から考えてみてください。

 設問4 
 チームを活性化するためには,メンバーの動機づけが重要です。顧客サービス部門という営業とは異なった性格の部署であることを前提に,Sさんはメンバーをどのように動機づけたらよいか考えてみてください。


 設問1 
 Sさんは覇気の感じられないチームに対して意識改革をしようとし,Sさんからの一方的な指示・命令という形ではじまりました。組織の維持・管理に「指示・命令」はもちろん必要ですが,着任早々いきなり上から一方的に指示・命令を受ければ,メンバーは委縮してしまうし,自ら考えようとはしなくなるでしょう。活気あるチームというのは,上からの一方的な指示で動くのではなく,自由な雰囲気の中,メンバー各自が自分の頭で考え,それぞれの考えを結集してチーム全体として力を発揮している状態にあります。活性化は押しつけることですすむものではなく,メンバーの自発的行動によってなされるものなのです。
 メンバーに目標や課題を持たせることについてもチームを活性化するために有効ですが,その目標や課題をメンバーが十分理解し,納得しなければ,単に与えられたあるいは押しつけられたという印象しか持ちませんので,かえって逆効果になってしまったということです。

 設問2 
 着任早々チームに活気がないことを感じ取ったSさんですが,地方支社におけるチームの位置づけと本社におけるそれとの違いや営業と顧客サポートという業務の違いなどを認識したうえで,メンバーとの面談等を通じてチーム全体の状況やメンバー1人ひとりを知ることからはじめるべきでした。特に,自分たちはこのチームで何を期待されているのか,その役割を明確にしないとただ「やらされている」と感じるだけで自発的行動にはつながりません。チームの活性化をめざすのであれば,ある程度時間をかけてメンバーそれぞれの特性を把握することで役割を明確にすることからはじめるべきでした。

 設問3 
 Sさんの前任地であったT支社では「T支社を,(同規模の支社の中の)売上ナンバーワンにしよう!」という明確な目標がありました。またSさんは営業パーソンでしたから,売上を増やすという支社の目標はそのまま所属する営業のチームにとってもSさん自身にとっても目標となり,極めて目標は明確でした。
 しかしいまのチームの業務である顧客サービスというのは,営業のように「売上の増加」といった明確な目標を設定しにくいこともあり,チームとして目標はありませんでした。そこで,経営目標をチーム目標に置き換え,チーム目標に落とし込むことが重要です。「顧客満足度の向上」という経営目標を自分たちが行っている業務ではどのように実現できるかという観点からチーム目標を設定する必要があります。

 設問4 
 ハーズバーグは動機づけ要因として「達成感」「承認感」「責任感」「成長感」等をあげています。顧客サービス部門は営業などと異なり必ずしも定量的な目標が明確ではなく,「達成感」は動機づけにはなりにくいので,「承認感」を与えることが重要です。メンバーの仕事の成果は定性的なものであることを十分理解して,その仕事ぶりや過程について承認メッセージを伝えることが求められます。

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