1.不安の原因は何? 職場が「つらい」のはなぜ?

1万人以上の診察から見えてきた心の不調の原因

 精神科医・産業医である私は,毎月約30社を訪問し,従業員の健康被害や労災を防ぐために活動しています。心の不調を訴える1万人以上を診察してきた私の経験をもとに,職場におけるメンタルヘルスの問題点や対処法を説明します。
 まずは心の不調を招く原因についてです。不調の原因は人それぞれですが,主に次の3つに集約されます。それは「自律神経の乱れ」「100点満点の理想を求めてしまうこと」「心理的視野狭窄に陥って自信を失うこと」です。個別に解説しましょう。

【原因@】張りきりすぎて自律神経が乱れてしまう

 心がつらいと感じている人は,たいてい自律神経(意思とは無関係に血管や内臓の働きを支配する神経)の働きが乱れています。自律神経は24時間働きつづけている神経で,主に昼に体を活動的にする「交感神経」と,夜に体を休ませる「副交感神経

が適切に切り替わることで心身がベストな状態に保たれます。
 しかし,仕事で気持ちが張りつめている時間が長くなると交感神経が高ぶったままになり,副交感神経との切り替わりがうまくいかなくなるのです。すると,血圧が上昇している期間も長く,血管に負担をかけるので心筋梗塞や脳卒中などを発症し,過労死を招きかねません。また,交感神経の高ぶりは不眠の原因になり,抑うつ気分やうつ病の温床にもなるのです。


【原因A】60点でいいのに100点満点を求めてしまう

 不特定多数の人が勤務する職場には,競争原理が働いています。実際にはもっとマイペースに仕事をすすめてもいいのに,周囲で熱心に働く人がいると必要以上に頑張りすぎてしまうものです。特に,真面目な性格の人や,完璧主義の人は「100点満点の理想」を求めがちです。しかし,100点満点の理想と現実の自分自身の間には,大きなギャップがあります。これを埋めるために努力しても,やすやすと理想に到達できません。やがて,それが悩みとなって心の不調を招くケースが少なくないのです。
 最近は,パソコンやスマートフォンを使ったSNS(交流サイト)で面識がない人と交流ができることも問題でしょう。SNSでは自分と他人の比較が容易にでき,劣等感を覚えやすいからです。
 100点を求めることは余裕のない自分の現れであり,心に負荷をかけます。人生の合格ラインを「60点」に設定し,これまで一生懸命にやってきた自分自身の頑張りを認めてあげることが必要です。


【原因B】心理的視野狭窄に陥り,自信を失ってしまう

 原因Aのように,60点でいいのに100点満点の理想を求めてしまうのは,心の視野が狭いために,今いる状況の全体を俯瞰して見ていないからです。俯瞰とは,高いところから見下ろすことを意味し,飛行機から街並みを撮影した航空写真をイメージするとよいでしょう。
 心の視野が狭く状況を俯瞰できないと,独りよがりな考えや価値観に縛られて臨機応変な対応ができず,かえって自分を苦しめる結果になります。専門的には,このような心のあり方を「心理的視野狭窄」といいます。心理的視野狭窄に陥ると,「理由もなく心がつらい」「何もかもうまくいっていない気がする」といった悩みが生まれます。心理的視野狭窄の改善については,後ほどお話ししましょう(12ページ参照)。

心理的視野狭窄の人の特徴

 ● 理由はわからないが,なんとなく心がつらい
 ● 何もかもうまくいっていない気がする
 ● 自分が何に困っているのかもわからない
 ● 心配なことばかりで,何をすればよいのかわからない

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